恥の多い人生を送ってきました。(プロフ長編ver.)

※先にびーやまのプロフ(短編)をお読みください。

こんにちは。びーやま(@yamabi_t)です。

「びーやまは楽しそうに生きてるよね」とよく言われます。

ですが、「楽しそうに生きている人」「笑顔が多い人」というのは、「笑顔が多くなるに至る過程がある」と考えています。

僕の人生のテーマは「人格形成」です。

なぜその人がそのような人生を送るに至ったのか。

それを知るのが、とても好きで、ゾクゾクします。

そんな僕のプロフィールです。少し長いですがお付き合いいただけると嬉しいです。

 

 簡単な経歴

 

名前:びーやま

 

本名:山火 武(やまび たける)

1989年(平成元年) 12月3日生まれ。現在27歳。山形県生まれ、茨城県育ち。

 

2009年 偏差値30台という底辺から1年間浪人し、第一志望の大学に合格。

 

2010年 大学2年次に仲間2人とGatch(ガッチ)株式会社を設立し、取締役へ。

 

2011年 大学を中退し、中国・大連で日本人向けのクリニックの経営に参画。

海外で集団リンチに遭い、身も心もボロボロでした。笑

 

2012年 帰国後、浪人時代からお世話になっていた教育ベンチャーで働き始める。

 

2013年 基礎心理カウンセラーの資格を取得(日本メンタルヘルス協会)

真ん中の衛藤先生は僕の師匠の一人です。超大手企業のカウンセラーなども担当されています。

 

2014年 早稲田祭のフリペで「学生起業家」として紹介される

顔が胡散臭いのは許してください。

 

2016年 四国(香川県)に移住。

当初2店舗から100店舗まで増店。全国を飛び回る。

富裕層向け限定紙に掲載されました。

 

趣味の旅行では47都道府県制覇。バイクは沖縄と北海道以外はほぼ周りきる。

福井・東尋坊にて

 

2017年 個人ブログ(びーやまぶろぐ)を開設。

現在は「日本一おしゃれな塾」で校舎長をしています。

カフェではありません!大学受験専門の予備校です。

 

モットーは「好きなことをして生きる」です。





 

生い立ち

生まれ〜幼稚園

母親の実家である山形県鶴岡市で生まれました。

生まれた時は真っ青で未熟児のような感じだったそうです。

幼少期はアレルギーが酷く、アトピーとぜんそくで苦しみ、夜中に急患で病院に行くことが何度もあり、親にとても迷惑をかけました。

そのおかげで、のちに「健康オタク」となっていきます。

また身体的にも小さかったため、幼稚園の時からいじめられることもしばしば。笑

 

小学校時代

小学校低学年の時に転校。転校先でもれなく上級生からいじめられてました。笑

きっと、小さくてうるさかったんでしょうね。

周りの友達とも喧嘩することも多く、とにかく落ち着きのない少年時代でした。

 

僕には5つ上の兄がいるのですが、ある朝真っ白な特攻服で家に帰ってきた時には、母親が泣き崩れ、家庭が崩壊するかと思いました。笑(現在はいたって普通な家庭です)

 

中学校時代

とにかく落ち着きがない少年時代だったので、集中力をつけようと剣道部に入部。しかし、結局集中力は身につかず、毎度のように騒いで先生に怒られていました。

今では「コミュ障です」といってもあまり信じてもらえないのですが、中学校時代は女子と話すだけで顔が真っ赤になってしまう系男子でした。

そしてしっかり中二病になり、「宇宙はなぜ生まれたのか?」と考える毎日。

おそらくこの頃から周りと違った感じが出ていたのか、ほぼみんな受かる高校の推薦入試に僕だけ落ちた記憶があります。

 

中学時代の出来事で、長い間僕に影響を与えていたのは、親友とクラスの仲間にハブられたことでした。

そこから極度に周りの目を気にするようになり、「周りに同調しなければ無視される」という恐怖に取り憑かれていました。

 

高校時代

中学時代に学んだことを生かし、高校では目立たないように生きていました。

とにかく、「普通の人間」を目指していました。

中学校まではゲーマーだったのですが、高校に入ってから部活のバドミントンにハマり、部活と恋愛しかしていない高校生活でした。

よって、大学受験は全滅。

そこで初めて「自分の将来」について考えました。むしろ、それまで自分の将来について考えることなど一度もなく、「普通に働いて、普通に結婚して家庭を築き、とにかく普通に生きるのだ」と勝手に決めつけていました。

いざ「自分は将来何がしたいのか」ということについて考えてみても、やりたいことが全く浮かんできません。(最近の高校生〜大学生の相談に乗っていると、そういう人がとても多い気がします)

しかし、このままでは「自分は一生このまま何もしないで普通に人生終わるのだろうか」という謎の恐怖感に襲われ、「このままじゃダメだ。今ここで変わらなければ。」と感じ、「東京の良い大学に入ったら、人生変わるのではないか?」と単純に考えました。

高校まで本当にモテなかったので、有名大学に入ってモテたいという下心もありました。

ですが、「何もない強みがない田舎の偏差値30台で劣等生だった自分」にとっては、「良い大学に行けば人生が変わる」と漠然と夢見るようになっていたのです。

 

浪人時代

本物の浪人時代の写真。頭悪そうですね〜。笑

浪人期に、僕の運命を変える2つの出会いがありました。

一つ目が、『思考は現実化する』を書店でたまたま発見したこと。

ハリーポッターですら途中で挫折し、それまで本を一冊も読破したことがなかった僕ですが、大学に全落ちして人生に悩んでいた時、たまたま地元のTSUTAYAで『思考は現実化する』を見つけました。今でもどうしてその本を手にしたのか本当に分からないほど無意識レベルでそれを手に取りました。(なんか怪しいですね。笑)

自分では小説すら買うこともなかったのに、それを購入し、いつの間にか読んでいました。(うーん、本当に怪しいですね。笑)

それまでは「超ネガティブ思考」で、「◯◯が悪いから自分は上手くいかない」といった感じで上手くいかないことを周りのせいにしていたのですが、そこから「自分の人生はすべて自分の責任だ」と気づき(遅いですよね笑)、自分の望む未来について考えるようするなど、考え方を少しずつ変えていきました。

 

二つ目は、「日本初!授業をしない塾」との出会いでした。

この塾は、一般的な予備校などの授業形式ではなく、参考書による自学自習を進める「独学スタイル」で勉強を進めていきます。

僕は高校時代、2年間大手Yゼミの衛生授業を受けていましたが、勉強法が間違っていたため、全く成績が伸びませんでした。

しかし、考え方と勉強法を変えると、現役時とはうって変わり、どんどん成績は伸びていきました。

僕は家で勉強ができなかったので、毎日片道1時間半以上かけて、地元の茨城県から東京まで通い続けました。

すると1年後、周りの人ほぼ全員に無理だと言われていた第一志望に合格することができました。

人生で初めて何かに打ち込んで、手に入れた結果だったので、受かった瞬間は声をあげて喜び、人生で初めて嬉し泣きしました。

 

この時、物事には「コツ」が存在し、それを見つけて実践すれば上手くいくということを学びました。

それまで勉強、部活(スポーツ)、趣味、人間関係など、何事も達成したことがない自分にとっては、初めての成功体験となりました。

 

大学1年次

浪人の暗黒時代をを取り戻すかのように典型的な文系大学生の生活を送っていました。

バイトも最初は「みんなにドーナツあげれば人気者になれそう」という安易な理由で「ミスタードー◯ツ」で働き始めるも、パートのおばちゃんが超厳しくて、数週間で辞めました。

お客さんの前でパートのおばちゃんに叱られる毎日。叱られるたびに「申し訳ございません」と何度も謝り、さらに挨拶をしても無視されるという状況。

この時の経験が、のちに仕事上でとても役立ちました。

 

大学時代に、サークルは最初3つ入りました。

企画系サークル、放送系サークル、バドミントンサークル。

結局長く続いたのはバドミントンサークルだけでしたが、「ヨッ友」はとても増えました。(※「ヨッ友」・・・学校内などで顔だけ知っていて「よっ」と声を掛け合うだけの友達のこと)

僕が尊敬する先生に教えてもらった話ですが、人間関係には「①ストロングタイ(強い繋がり)」と「②ウィークタイ(弱い繋がり)」があり、ストロングタイというのがいわゆる仲の良い友達で、これが重要なのは言うに及ばずですが、人生の幅を拡げてくれるのはウィークタイの方なんだそうです。

確かに、いつも同じ仲間といるのも楽しいですが、いつも関わらない人達との会話は刺激的ですよね。

日本を代表するコンサルタントの大前研一も、人生を変えるためには「①時間配分」「②住む場所」「③付き合う人」を変化させろと言っています。

 

僕が受験生に対して「一度は都会に出た方がいい」と言っているのは、上記3点を全て満たすがのが、都心部の大学に進学することだからです。(別に大学ではなくても全然良いです。環境を変えることが非常に重要、ということです)

 

入学当初は新歓も10日連続で出席し、10日後に高熱を出して倒れました。

しかし、春も終わり夏が近くにつれ、毎日遊んでいても何だかあまり楽しくなくなってきました。

ふと我に返って考えてみると「自分は遊ぶためにわざわざ1年間も苦労して大学に入ったのか?」という疑問が心の中で沸き起こっていることに気づきました。

 

そして、浪人時代からお世話になっている教育ベンチャーでインターンを始めることにしたのです。

インターンを通じてサービス化に成功し、インターン初期メンバーのうち2人と大学2年次に起業することになります。

 

大学2年次

今まで1000人以上の方に個別にカウンセリングしてきました。

1年次に仲間と一緒に「携帯やスマホを活用した教育格差の是正」を目的としたサービスを立ち上げました。

要は、地方にいると情報が「学校の先生」や「地元の塾の先生」に限られてしまい、「将来の職業や大学選択など、進路選択の幅限定されてしまう」ので、それを解決するために携帯やスマホを使って勉強法を指導する「WEB上の予備校」サービスを開始したのです。

当時はまだiPhoneが発売されたばかりで、「スマホは赤外線もないし流行らない」と言われている時代でした。(当時は携帯の連絡先交換で赤外線が必須でした。今考えると笑ってしまいますね)

お世話になっている教育ベンチャーと協力する形で、サービス利用者は北海道から沖縄まで全国に広がり、収益も出てきたため、大学2年の5月に法人化しました。

この時すでに他の仕事も合わせて、新卒の初任給よりは稼いでいました。

現在はWEBサービスで個人が稼ぐのが本当に当たり前になり、学生でも結構稼いでる人が多いですよね。本当にすごい世の中になってきていると感ぜざるを得ません。

当時はスマホが普及する前でまだまだ学生起業家が少なかったので、会社を作ったというだけで周りと差別化できていました。

この時、経営者つながりで知り合った東証一部上場企業の創業者の方や、ずっとお世話になっている経営者の方と、中国で医療事業をスタートすることになります。

元々会社を立ち上げた時は、「失敗しても就活のネタになればいい」くらいに考えていたのですが、まさか海外に事業を移し、せっかく入った大学を中退することになるとは、全く予想もしていませんでした。

親や学校の先生からは大企業に入ることが幸せという教育を受けていて、僕自身もそうなると思っていたのですが、楽しそうに働く経営者の方や好きなことをして生きる人たちを目の当たりにし、僕の価値観はどんどん変化していきました。

そして大学を中退するか悩んだ時も「やるなら今しかない」と直感し、ワクワクする方に人生を向けて進めて行きました。

「安全な道」と「リスクがある道」で迷う時があると思いますが、リスクがあっても迷うということは、もうそれだけでリスクがある方を選んだ方が良いという証拠です。なぜなら、リスクの裏側には計り知れないようなメリットが隠れているからです。

もしその道が自分にあっていなかったとしても、また次を探せばいいのです。死ぬ時に後悔するのはきっとリスクがあるけどその道を選ばなかったことだと思います。やらない後悔より、やった後悔の方が絶対に気持ちがいいです。

 

大学中退(大学3年次)して、中国・大連の日本人向けクリニックの運営へ

中国でヘアカットされるとこうなります。オススメはしません。

僕らが中国の飛び立ったのは2011年3月14日です。つまり、あの東日本大震災から3日後

当時の会社の仲間の出身地が「福島県南相馬市」で、まさに原発のすぐそば。こんな状況の中で中国に行くべきなのか、正直迷いました。

ですが、すでに投資家の方からも融資をいただいており、もう立ち止まることはできない状況でした。

成田空港からのフライトの予定でしたが、電車が全く動いておらず、タクシーで向かう始末。複雑な気持ちでの船出でした。

 

実は僕にとって中国は初めての海外でもあり、日本とかなり異なる中国・大連という環境は、とても新鮮の出来事の連続でした。

ここで経営はもちろん、営業の仕方を学んだり、自分より年上の方々、特に大企業の海外駐在の部長さんなどとコミュニケーションを取る方法、日本人はもちろん現地の方をどのようにマネジメントするかなど、21歳の若者には骨の折れる出来事の連続でした。

中国という「精神と時の部屋」で、僕の小さかったケツの穴は一気に広がったと思います。(それはまではコミュ障で、人の目を見て話すのが苦手でした。)

 

詳しいことは別の記事で書くのですが、今まで日本で周りの目を気にしていた自分がいかに小さかったかを痛感させられました。

まだ発展途上だった大連では、30階建てのビルのくせに天井のコンクリートが突然バラバラ落ちてきて死にかけたり、お店やタクシーでぼったくられるなど、そんなことが日常茶飯でした。

ここで生きられるなら、自分はどこに行っても生きられる。」と、強く確信できました。

持病のアレルギーは中国の汚れた待機に敏感に反応し、中国に来てから半年ほどはアトピーが悪化しで頭皮からは血が垂れ、目は常に充血したままでしたが、半年後にスッキリ治りました。(まさに荒療治)

この時、中国の漫画喫茶で『サンクチュアリ(池上彰 著)』という漫画に出会い、熱中して一気に3周ほど読みました。夢を持つ、特に熱いハートを持つ男子には是非読んで欲しいと思います。

 

なんで、私が海外でリンチに!?

中国に来て3ヶ月目。忘れもしない出来事に遭遇します。

単刀直入にいうと、中国でマッチョ10人ほどに集団リンチされました。笑

おかげで毎日「生きていられること」に感謝できるようになりました。

リンチ体験談はこちらの記事へどうぞ。(覚悟して読んでください)

 

1年後、日本へ帰国を決意。

1年間という短い期間ではありましたが、色々と考えた結果、日本に帰国することを決意。

仲間は香港やカンボジアなどへと移り、スパの運営などで見事に事業を黒字化し、当時ミヤネ屋にも出演したりしていました。

中国での中小企業から大企業、サラリーマンから経営者ま、軍隊の将軍と知り合いの謎の日本人大富豪など、様々な方々と接し、「自分が本当にしたいことは何なのか」という問いに対する答えが少しずつ見えてきました。

そこで出た答えは「教育」でした。

自分は特に偉くなりたいわけでもなく、ただ人に感謝される仕事がしたい。

それが自分の経験や強みで実現したら、どれだけ幸せだろう。

 

そう考え、日本に帰国し、大学に復学して「教育」に関する研究を行うことにしました。

(「人はなぜ学ばなければならないのか?」※執筆中 )

 

大学で教育について学問して分かったことは「人は、一生学び続ける必要がある」ということでした。

それが、僕の教育に対する答えである 、「生涯学習」というコンセプトにつながってきます。

 

中国で学んだことで、周りの目を気にすることがなくなり、「自分のしたいこと」ができるようになりました。

 

大企業ではなく、自分のしたい仕事へ

大学卒業後、多くの人に反対されながら、僕は浪人時代からお世話になっている教育ベンチャー(「授業をしない塾」)へと就職しました。

現在では全国に100校舎以上に増え、会社の業績も右肩上がりで成長を続けています。

自分が浪人生だった時はまだ1校舎しかありませんでしたが、「この塾を増やしたい」と言っていたことが現実化し、何とも感慨深いです。

良い上司にも恵まれたおかげで、とても自由に働かせていただいています。

 

休みの日は全国にバイクで遠出し、2016年9月に47都道府県を制覇しました。

次は世界を巡ってみたいと考えています。

これも、「周りの目」を気にすることなく、「自分のやりたいこと」を追求した結果だと思っています。

 

2017年は香川県にある「日本一おしゃれな塾」で校舎長をしています。

カフェで働くのが夢の一つだったので、願いが叶いました。笑

あなたも香川県にお越しの際はうちのカフェでゆっくりまったりしていってください!

(2017年6月から東京にいます!)

 

 世の中に、もっと好きなことをする人を増やしたい。

別に無理して好きなことを仕事にする必要はないと思います。

むしろ嫌いなことをすることで、学べることはたくさんあります。

ですが、生活のためとはいえ、やりたくないことで人生の多くの時間を費やし、本来自分がしたいことすらも出来ないというのは、本末転倒しているのではないでしょうか。

 

Dropboxの創業者ドリュー・ヒューストンの「人生のコツはたった3つ」という有名なスピーチの中に「300,000」という数字が出てきます。

人の一生は300,000日。あなたが20代半ばなら、すでに100,000日を消費し、残りの人生はあと2/3しかない、というもの。

僕が思うに、あなたがもし一度切りの人生を楽しみたいのであれば、今まで使った1/3から学んだことを生かして、2/3を有意義にすべきではないのでしょうか。

それなのに、今の日本人は最初の1/3で学んだことフルに発揮して、次の1/3も「世間体」だったり「他人の目」に費やしている気がしてなりません。

それで、人生の2/3が終わった頃、気づいた時には人生も終盤だ。

人生は、あなたが思っているより長くない。

「常識」というものに囚われて、たった一度切りの人生を嫌な仕事や人間関係に費やすのは、狂気の沙汰です。

せめて、仕事の時間以外は人目を気にせずあなたが本当にしたいことをして、人生を充実させるべきではないのでしょうか。

それなのに、聞いてみると「趣味もない」という人が多く、とても悲しくなります。

もし今自分のやりたいことが見つかっていないのであれば、それは「自分が今まで経験したことの中だけから探していること」が原因です。

むしろ、ちょっと苦手意識があるジャンルに手を出してみることをお勧めします。

そうすると思わぬ出会いがあったり、「あ、やっぱり私はこっちが好きだったんだ」ということが腑に落ちます。

僕も、兄が若い時にヤンチャをしていた関係で、絶対にバイクは乗らないと決めていました。でも、それが今ではライフワークになっています。何事も食わず嫌いは今日で終わりにしましょう

 

僕はまだ立って歩けるうちに、体力もある時に、いろんな経験をしたいと思っています。

そんな僕ももう27歳になってしまいましたが、引き続き「やらない後悔」よりも「やった後悔」で、死ぬ時に「あの時あーすれば良かった」と言わず、「あの時はこんなバカなことをしたな〜。」というように振り返って面白かった思う老後を過ごしたいです。

 死ぬ時、あなたは何を考えるか?

僕はバイクで吹っ飛んだり、海外でリンチに遭ったりして、何度か死にかけている。

それでも、今こうして生きている。

これは、まだこの世にすべきことが残っていると神様が言っているんじゃないかと、勝手に意味付けしている。

 

あなたはこれから年を取り、老いてベッドに横になり、死を待つ時、何を考えますか?

買った高級バッグのことや、買えなかったスポーツカーのこと、はたまた失敗した飛び込み営業のことを考えるでしょうか。

おそらく多くの人が、自分の残した事業についてだったり、家族や友人の今度について考えると思います。

特に、子供の将来について考えるのではないでしょうか。

僕は死ぬ時に、家族の関係が悪く、みんなが互いにいがみ合っていたり、子供が自分に対して何か嫌な思いを持っていたりしたら、それが一番辛いと感じます

だからこそ、教育に自分の時間を投資したいし、重要だと考えている。

 

このブログでは、貴重な人生の時間を割いて読んでくださっているあなたのためになるような情報をこれからも発信していきます。

長くなりましたが、ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました!!

お酒は弱いですが好きなのでお誘いください!

 

びーやま

追伸:

自分で自分のことを書く機会ってあまりないと思うので、プロフィールを書いてみると良い発見がたくさんありました。

あなたも、公開しなくてもいいと思うので、自分の人生を振り返り、それを文字にしてみることをオススメします。

自分の心の中の、予期せぬ想いの存在にに気づくことができるでしょう!

 

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全国を旅するリーマン。
全国各地の店舗を回ってアドバイスするのが仕事。20歳で起業しましたが現在は教育ベンチャーで働いてます。ブログ『ゆるくいこう。 』バイクとカメラが趣味。ホラーが苦手。山形生まれ|茨城育ち|早大卒

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